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 5月2日、GWに絡めて1日休みを取り、天気がいいので寒河江市内を散策してきました。
 熊野神社の大かつら、滝田門観音堂、駅前のみこし公園、南光院大日堂、十日市場跡、大運寺と越井坂、長念寺と長岡観音、寒河江城址、福泉寺、陽春院と桑名藩士の墓、舟着観音などを見ます。
 こうやって歩いて見てみないと、町のつくりや土地柄、そこに住む人々の生活などがよく見えてこないもの。また、そうすることで地名も覚えます。
 その中で白眉だったのが、寒河江八幡宮です。

sagae hachimangu 201705

 社伝によれば、源頼義・源義家親子が前九年の役の際に八幡神に祈って戦勝したので、寛治7(1093)年に京都男山八幡宮を勧請し、八幡原(現・寒河江市若葉町・元町)に創建したと伝えられています。
 その後建久2(1191)年、寒河江に入った大江親広が改めて鶴岡八幡宮から分霊を勧請し、八幡原の八幡社と合祀して現在地に社殿を創建して、大江氏(寒河江氏)の産土神とされます。
 以来400年間、大江城主は仁政を布き、氏子の信仰が篤かったそうです。
 大江氏は天正12(1583)年、出羽守最上義光に亡ぼされますが、義光公も敬神の念篤く、江戸時代に至り幕府直轄となり、谷地八幡宮・溝延八幡宮とともに「寒河江荘三八幡」と称され、武家の崇敬を受けました。
 現在の本殿は貞享3(1686)年に、拝殿は安永4年(1775年)に建築されたもの。1940(昭和15)年に県社に昇格しています。
 元の社名は「八幡神社」でしたが、神社本庁の別表神社に加列される際に、現在の「寒河江八幡宮」に改称されました。

 また、寒河江八幡宮流鏑馬は、県指定無形民族文化財になっています。
 9月14日の前日祭および15日例大祭で行われる、古式流鏑馬と作試し流鏑馬です。
 古式流鏑馬は騎乗した騎手が150メートルの馬場において、疾走する馬上から3か所の的を射て作柄を占います。
 作試し流鏑馬は、あらかじめ3頭の馬に早稲・中稲・晩稲と決めておき、着順で翌年の作柄を占います。
 全国でも寒河江八幡宮のみに現存するものとのことです。
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