中山町の岡集落の中心地、山手に向かうY字路の真ん中に鎮座しています。つまりは、西山を背にして集落を睥睨するような位置取り。さぞかしこの地が歴史深い場所なのだろうと想像できます。

 本尊は千手観音で、この地域に伝わる多くの由来話と同様に、行基の作であるとのこと。
 大和・長谷寺の観音と同じ木の、白檀の香木に彫刻したというもので名高いもの。西村山ではあちこちで「行基」の名を聞きます。
 本尊は俗に雨乞い観音といわれ、農民の信仰はことのほかに深い。行基がこの地方巡行の折、干ばつで苦しんでいた農民のために観音を作って祈ったところ、にわかに大雨となり、田畑は生き返ったようになったという言い伝えがあるのだそうです。
 本尊は秘仏として容易に開帳されませんが、50年ほど前、大旱ばつで田畑が乾きあがり稲が枯死しそうになった時、農民の熱望により、時の住職が特に開帳して祈祷を行いました。すると、雷鳴とともに大雨が降り、一層人々の信仰をあつめることになったのだとか。

 観音堂には次のような「岡観音堂と立像」の説明版が打ち付けてありました。
 「観音堂はもと高取山上にあったのを後に参詣者の便を考え山麓に移し、更に現在地に移転したといわれる。ここに安置される千手観音像は素木一本造りで鎌倉時代をくだらざるもの。行基菩薩の作で大和(奈良)岡寺の観音と同木でつくられたともいう。また足利初期を下らないものとして安阿弥系の典型的な地蔵菩薩立像が安置される」

 寺のすぐ脇は岡の公民館。そこから1~2分歩けば旧柏倉家の大邸宅や、先生と讃えられる柏倉亮吉氏の家があります。地元では著名人で、1905年生まれの考古学者で古文書解読の権威です。
 黒板塀の大邸宅が並ぶ、かつての栄華を感じさせる家並みでした。

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