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 山形市大字千手堂の地名のもととなっている「千手堂 守国山吉祥院」。

 千手堂の本尊は、弥陀・観音・薬師の三尊で、例によってこれらも行基の作と伝えられ、観音は1903年に国宝、現在は重要文化財に指定されています。

 聖武天皇の天平年間というから、今から1250年以上も前、出羽の国に悪い病気が流行。人々が苦しんでいることを聞きつけた朝廷は、悪疫退散の祈願をさせるため、行基を東北地方に派遣します。
 行基はこの地に着くや,まず三体の仏像を刻み、日夜一心に病気平癒を祈願します。この結果、さしもの悪疫も忽ち退散し、人々は安心して生活できるようになりました。
 以来千手堂は、この地方の人々の信仰も厚く、鎮護国家の道場として、また病魔降伏、諸願成就の祈願所として広く知れわたることとなったということです。

 現在の堂塔は、延文5(1360)年、出羽の国司、斯波兼頼の再建にかかるもので、1971年に解体修理されたもの。
 奥ノ院には、山形城主最上義光が慶長8年に奉納した御詠歌額があり、額には「第一番千手堂」と記され、その頃は一番の札所であったとも考えられるのだそうです。

 全方位平地の広がるところにあり、寺の境内というよりも庭園といった風情のある佇まい。
 参道の途中左手には「木嶋佐之助顕彰碑」。農民の悩みだった種籾芽出しの改良に携わり、「火力芽出」を創始したという、明治29年生まれの千手堂の偉人のよう。県会議員だった大内博の書で、刻銘された実行組合の委員の中には知っている人の名もありました。

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 参道を挟んでその反対側には池や仏像を配した庭園様のところがあります。説明書きによればそれは、聖武天皇勅願1250年を記念して蓮池内に「延命曼荼羅塔」を復元したもののようでした。

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