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 4日連続の快晴が続いている5月の土曜日に、上山方面の2つの札所を見てきました。
 そのひとつめは「上ノ山」。十日町にある水岸山観音寺です。

 住所を頼りに向かうと、そこは「下の大湯」共同浴場の脇にある小高いところ。石段の登り口の右手には「洗心の湯」と記された手水鉢が設えられており、流れに手をかざせばアチチの温泉でした。



 本尊は聖観世音菩薩で、西暦800年代の公卿であり文人小野篁(おののたかむら)の護り本尊といわれ、これもまた行基の御作なのだそう。寺院自体は天仁2(1109)年、道寂和尚の開山。

 昔、この山の麓一帯が満々とした湖であったことから、水の深い所を「鏡ヶ淵」といい、山号を水岸山と称しています。
 平安朝の頃、参議だった小野篁が賊を討つためこの地方に来たとき、鏡の霊石、鏡石を捜そうとしたところ、誤って懐中に入れていた観音像を淵の中に落としてしまいます。部下を使って徹底的に捜させましたが、発見することは出来ませんでした。
 小野が京に引き上げてからしばらくして、土地の漁師が綱にかかった仏像を拾います。それが篁の紛失した観音像だったので、すぐ都の篁に報告するとともに、永くこの地に祀りたいと願いました。

 水岸山にご本尊が安置されてから時を重ね、文政8(1825)年、町内は大火に遭い観音堂は類焼しましたが、本尊は住職が持ち出して被災を免れました。
 仮の堂を作って安置していましたが、弘化4(1847)年、時の領主松平家の助力と一般の信者からの寄附により再建。維新までは代々の藩主の信仰も篤く、毎年の例祭には使者が参拝し、祭祀料を寄進するなど特別の保護を受けていたそうです。

 元上山領内には「上山三十三所観音」があり、1泊2日で今も参拝が行われているのだとのこと。
 また、1918年には上山の近郷を加えて、上山十体観音と称する霊場がつくられています。観音寺はその第一番なのだそうです。

mogami33-10-2.jpg

 石段を登った高台の寺院前では二人の小さな女の子が遊んでいて、のどかな雰囲気。日差しが明るく、あちこちからさまざま鳥の鳴き声が聞こえてきます。

 庭の北側にあるのは大日堂。御堂の屋根の破風の頂点にある懸魚(げぎょ)と向拝部分の龍の彫刻は、名工と言われる粟野音松の作によるもので、上山市の指定文化財になっています。
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