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 快晴の日曜日、東根市本丸南にある「黒鳥」に行きました。最上三十三観音めぐりの7か所めです。
 細い山道をくねくねと登っていくと展望台が設えられた広場があり、そこからは東根市街が一望できていい眺めです。ここからだと葉山の奥に月山が見えるのですね。ここは黒鳥公園というのだそうです。
 で、そこは札所の参道の後ろ側に当たっており、寺社の後ろから攻める格好に。この山中なので大部分の人は車で来るようで、正式な参道のほうは石段もない細道になっていました。



 黒鳥は、723年、大和国長谷寺十一面観音を勧請し、後年その祠を山腹に建てたとも言われ、また一説には、871年、堂の前愛宕神社と共に、郡司伴直道の奉祀とも言い伝えられています。
 本尊は十一面観音、慈覚大師の作といわれています。(一説には聖徳太子の作との説も)
 寺の縁起によれば、享保年間(1716~1735年)の頃、龍興寺住職である崇容和尚が、観音堂の再建を発願し、郡奉行の多賀谷次郎左衛門が工事を指揮してお堂を完成させたといいます。
 当時、別当は龍興寺で、観音に関する一切を管理してきましたが、その後龍興寺が衰退して久しい間住職もいなくなったため、関係者が相談の上、秀重院に任せることになり、文政3(1820)年以来秀重院が別当となり今日に受け継がれてきました。
 現在は秀重院という寺の直接管理にはなっていませんが、黒鳥での朱印帳には今も「秀重院」の名が書き記され、歴史的な関わりを表しています。

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 古いお堂は、鶴ヶ池、亀ヶ池(黒鳥山の麓か?)の上にありましたが、火災のため焼け落ちた後は現在の所に移したと言われています。
 境内の石段は改築の際に蟹沢村の知開坊が作ったとされ、また梵鐘には、延宝3(1675)年奉納、その後享和2(1802)年に村の早坂徳兵衛がお堂を再建したことが記されていたとされますが、その梵鐘は戦時下に供出され、現在の梵鐘は1950年に再建されたものです。
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