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 十九番札所の「黒鳥」を見た後は、村山市の東側の山奥にある「二十番 小松沢 青蓮山清浄院」です。
 黒鳥よりも奥羽山系のずっと山奥に位置しています。庄内三十三観音も巡ってきましたが、あちらではこんな山奥の寺院はほとんどありませんでしたが、内陸のこちらは様相が異なります。
 霊場の中では最も里から離れているところとのこと。そうでしょうそうでしょう。

 本来ならば下から長くて急な石段を登ってこなければならないところですが、ここもまた寺院の裏手まで車で登ってくることができるので楽チンです。
 下車して寺院のほうに向かうと、どこからか大声で話す人の声が。それは下から登ってきた夫婦の参拝客のものでした。ぜえぜえと息をしながらお二人はこちらを見て、「ここまで車で登って来れたのですか」とがっくりした様子。ご愁傷さまです。(笑)

 小松沢の本尊は聖観世音で、はい、またもや行基の作です。
 行基が布教のため小松沢の里にしばらく足をとどめ、心をこめて三体の仏像を彫刻しました。これを岩の上にお堂を建てて安置し、熊野三所権現にならって巌上(いわがみ)三所権現と呼ぶようになりました。
 当時、観音堂は山麓の巌上、いまの米撒清水のところにありましたが、寛文年間(1661~1673)に山火事で類焼し、再建の途中でもまたもや焼けてしまいました。
 さらに享和2(1802)年にも山火事で焼けましたが、三体は少しも破損しなかったのは、仏の加護があったからだと伝えられています。
 享和2年8月に新しいお堂が完成し、巌下寺の勝覚住職手で祭典が行われました。村山市郷社八幡神社下方の清浄院が、元の巌下寺になります。

mogami33-20-2.jpg

 境内はたいへん静かな場所にあり、石段を上ってきたところには仁王門があり、ここには楯岡荒町町内会大草鞋が奉納されていました。
 お堂も大きく美しく、最上三十三観音の札所の中でも山寺、若松に次いで荘厳な感じのする霊場なのだそうです。
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