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 置賜三十三観音の第6番札所、時庭観音(正法寺)に行きました。フラワー長井線時庭駅の西側に位置します。
 入り口にあった豊田地区文化振興会の立てた説明版を以下に引用。

曹洞宗 大雄山正法寺
  本尊 釈迦牟尼仏
  創立 1354(文和3)年
  開山 道叟道愛大和尚
  開基 長久院殿九山道牛居士
  宝物 御笈入御開山木像
  住職 30世 山岸道雄
 道元禅師よりかぞえて7代目、岩手県胆沢郡永徳寺2世の湖海理元禅師は正法流布のため出羽各地を巡鍚しておりました。
 当地に至り、元々天台宗であったこの寺を再興。
 師・道叟道愛禅師を御開山に仰ぎ、理元禅師自らは2世として、曹洞宗正法寺を開かれました。
 その後600有余年の久しきにわたり法灯は連綿と受け継がれ、現在に至っております。
 また、昭和53年に整備された当山墓所には、菅原白龍大画伯を始め、豊田小学校初代校長増田宗元先生など文芸・教育等々、各界の先達が静かに眠られております。



 ということで、ご覧のような簡素な山門をくぐって境内へと進んでいきます。
 左手は墓地になっていて、正面の本堂はこんな感じ。

 あとで知ったのですが、観音堂はこの正法寺とは少し離れたところにあるのだそうです。自分の場合観音様を拝むために巡っているのではないので、どうということはありませんが。
 本尊の聖観世音菩薩は秘仏とされていて、その代わりに本尊に似せて作られた聖観世音菩薩が正法寺に祭られているのだそう。どうもインチキくさい話ではないか。(笑)
 置賜三十三観音の札所になったのは上杉景勝の時代とされ、西国三十三観音の第6番札所である南法華寺に景観などが似ていることから、置賜6番の札所になったのだそうです。こういうのもなんだかこじつけの香りがしますね。(笑々)

oitama33-06-2.jpg

 ちなみに、菅原白龍(1833~98)は、江戸後期・明治の日本画家。家は代々修験者で白龍山梵林院の祠官。初め長沼月峯、熊坂適山、のち富取芳斎について花鳥画を学ぶ。山水画を能くし、日本的な南画の確立に努力する。また国典にも通じていた。国中を行脚して東京では木戸孝允、京都では富岡鉄斎らと知り合う。――とのことです。

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