常盤の集落から、先ほど通ってきたトンネルの反対側へ取って返します。トンネルの手前にもう1か所札所があったのです。それは「光沢山円照寺」。
 「下乗」と記された立札にやや怯みつつ、その手前の広場に車を停めて、仁王門を潜ります。
 門の左右には、あまり貫禄のない阿吽の仁王像。そして馬をかたどった馬頭観音像と石造りの地蔵様が安置されていました。

 その先は、正面に本堂、左手に石鳥居を伴った観音堂。

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 昔この一帯は湖水になっていて、人々は舟で往来していたといいます。
 六沢の城沢山の境内には何千年もたった椋(むく)の大樹があり、湖を渡って来た人は荷物の積みおろしや舟の乗り降りの際、この大木に舟をつなぎとめて使っていた。だが、大木は便利な反面、木の枝葉が数町に広がっていたので、農作物に被害を与えていた。この大木には樹の精があるというので、恐れて誰も手出しをする者がいなかった。
 大同2年、慈覚大師が巡錫したとき、村人の悩みを聞いた大師は、みずから大樹を伐採し、この大樹で聖観音をきざみ、有縁の地へ安置した。その一体の聖観世音が六沢の本尊だとされています。

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 最後の写真は、観音堂を正面から見たところ。
 たくさんのお札が初夏の風を受けてさわさわとやさしい音を立て、なかなかに神秘的でした。

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