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 次は、大石田の町場から最上川を南に渡った横山地内にある「塩ノ沢」へ。
 手元の資料にあった住所地にある「塩沢山曹源院」に到達すると、そこは普通の町場のお寺さんといった風情。本堂では大勢の人が集まって誰かの3回忌法要が営まれていました。なので、お邪魔をしてもよくないと思い、その隣りにある墓地などを眺めてここは終わりとしたところです。

 ところが、家に戻ってから復習をしてみると、あれ? 観音堂ってここじゃなく、もう少し山手の別のところにあったようです。
 アレマ、しくじったな。大石田というとそう近くもないので、改めて行くとなると少し考えてしまいます。

 本尊は千手観世音菩薩で、慈覚大師の作。
 観音堂は曹源院より1km西方の山の中腹に建つ。
 寺の縁起によれば、四位少将師興朝臣がお堂を建立し、千手観音を安置したのがはじまりで、のちに朝臣の子孫にあたる日野備中守師重が塩澤山に築城し、附近一帯を治めていた。
 天正の頃、最上義光の家臣、延沢能登守に攻略され、戦火のために城、堂とともに尊像にも累が及んだ。その後、秘佛として祀られる。
 現在のお堂は享保年間、博道和尚の頃の建立によるもの。大正2年の台風で倒壊し、修復された際に臨時のご開帳が行わましたが、やはり尊像は全くの炭化状態だったといいます。
 昭和61年まで秘佛として祀られていましたが、開創555年を記念とし、巡拝者の浄財を基金として新像を設け、もとの尊像とともに厨子に安置しています。

 まあいいか、自分は観音堂を見るためではなく、巡礼地のありさまを見るために巡っているので。

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