10月の最後の週末、秋晴れとなったので、これが今季最後になるであろう三十三観音巡りに行きました。今日で北村山の巡礼先を制覇するつもりです。

 まずは、第30番札所の丹生村。尾花沢から山刀伐峠の方向へ向かい、こういう機会でもなければ訪れることはなかったかもしれない尾花沢市丹生へ。
 集落内の小高いところにあるようで、最寄りの道路に路駐し、案内板に従って進むと直線状の階段口に到達。鳥居もなく、石段のみ。うひゃあ、これ、登るの? まあ、ここまで来て登らない手はないのではあるが。



 昔、一人の老僧が旅をしている途中、この地まで来て病気で亡くなります。いまわの際の老僧は、「私は江戸浅草観音堂から観世音の木像を頂いて、諸国を遍歴してきた。ここで命脈尽きて永眠するのも何かの因縁だろう。観音がここに止まりたいお心からだと思うから、どうかこの尊像を祀って信仰を続けてください」といい残しました。
 村の人々は、老僧の亡くなった場所にお堂を建て、尊像を安置しました。これが丹生村観音の始まりと伝えられています。

 享保18年(1733)、お堂は火災で焼けてしまいましたが、尊像は無事でした。天明2年(1782)、当時の別当が夢のお告げにより、丹生山の中腹にお堂を移転します。もともとお堂のあった所は観音屋敷と呼ばれ、今もその地名が残っているのだそうです。
 天保2年(1831)に再び火災に見舞われましたが、この時も本尊だけは助かり、天保14年(1843)にはお堂が再建されて現在に至っています。
 明治維新の神仏分離で、観音は月山神社として、神式で祭事が行われてきましたが、その後しばらくして観音堂に戻されて、人々の信仰を集めているとのことです。

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 小山の頂上が広場になっていて、観音堂が建っていました。扉が開いていて、中からお香の香が流れてきますが、人はいないようです。手を合わせて一礼。
 おお、集落からは正午を伝える「里の秋」が流れてきました。
 ♪ しずかな しずかな 里の秋 ・・・

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